位相のイメージ (その1)

大学数学の講義で比較的早い段階で勉強する科目に「位相」(topology) があります. 他の大学数学の科目と同様, 高校数学とのギャップに苦しむ人が多いんじゃないかと思います. そんな人に向けて, 自分が持った位相のイメージや解釈を書き出していってみます. 位相を理解する手掛かりになれば嬉しいです.

使用する教科書

私自身が大学の講義で教科書として使った, 裳華房の数学シリーズ『集合と位相』(内田伏一・著) を使用します.

手元に無くても困らないように記事を書くつもりですが, 自身で証明の細かいところを追ったり, これから記事として書く内容の裏付けを取ったりするのであれば, 是非買ってください. きちんと習得すれば3000円弱の出費は安いものだと思います.

教科書の内容構成

まず集合と写像から

この教科書の構成では, まず第1章「集合と写像」で集合の共通部分や写像の逆像などの, 基本的な操作について学びます. 教科書の冒頭にある依存関係を示したグラフでは, 第1章は全ての内容の前提となっています.

この後に第2章「濃度の大小と二項関係」, 第3章「整列集合と選択公理」が続きますが, 位相には直接は関係しないようなので飛ばします.

ユークリッド空間でウォーミングアップ

第4章「距離空間」では, まずユークリッド空間について扱います. ユークリッド空間 \(\mathbb{R}^n\) は最も馴染みのある空間で, 私達が「2次元空間」「3次元空間」などと言ったときに思い浮かべる空間そのままです.

ユークリッド空間には「距離」という概念 (「ユークリッド距離」) があります. ユークリッド距離とは, ある地点とある地点を線分で結んだときの長さのことです. このユークリッド距離を元に「開球体」「境界」「開集合」「閉集合」「内部」「触点」「閉包」などなどの概念を定義して (作って) いきます. この段階では,「ユークリッド距離」が先にあって, それから他の概念が生まれていることに注意してください.

距離空間で助走をつける

次の節では, ユークリッド空間を少し一般的にして距離空間について扱っています. ここまでで, 詳しく見た具体例がユークリッド空間しか無いので,「距離空間」という概念は無意味な抽象化 (abstract nonsense) に見えるかもしれません. しかし位相を習う段階で理解している距離空間で, 他に幾何学的な直感が働く良い例があるかと言われると, ちょっと思い付きません. ユークリッド空間は馴染みがあるので距離の話が分かりやすい反面, 分かりやす過ぎて距離空間として見る有難みを感じづらいという面もあるようです.

距離空間には, さきほどのユークリッド距離とは限らない「距離」という概念があります. そしてユークリッド空間のときと同様に, 空間に関する諸概念が定義できます.

おそらくこの節での著者からのメッセージは 「さっきまでのユークリッド空間についての概念は, 実はもっと一般的にできたんです」 ということでしょう. それを実感してもらうために, 例13.3では, ある閉区間上の実数値連続関数全体の空間の話をしたり, 問13.1と問13.2では, また別の空間を持ち出し, それが距離空間になることを示させています.

さらに次の節に進むと, 近傍系と連続写像について扱います. 「近傍」とは文字通り「ある点の付近」のことで, この近傍全体のことを「近傍系」と呼びます. (厳密な議論はこのシリーズの続きで行います. 少々お待ちください.)

そして, この近傍という概念を使って「連続写像」という概念を定義します. 「連続」というと途切れずに続いていることを意味しますが, それを「ある点の付近」という言葉を使って記述するのです. おそらくここらへんで議論の抽象度が上がり, 着いていくのが辛くなる人もいるのではないでしょうか.

この段階では「距離」という概念が先にあって, それから「開集合」「近傍」などの概念が生まれていることに注意してください. いいですか,「距離が先」です.「距離が先」です. 大事なことなので(ry

位相空間へ飛び込む

位相空間の話に入った途端, 概念の依存関係が逆になります. 開集合を全部集めた集合を「位相」と呼び, これが他の概念に先立って存在することになっています.

では, さっきまでの距離やら近傍やらはどこに行ったのでしょう?

まず距離という概念は出てきません. もっと正確に言うと,「位相」という概念が考えられる空間というのは, 必ずしも「距離」という概念が考えられるとは限らないのです. 逆に距離が決まっている場合は, その距離から位相が定義できます. 両者の関係は, 位相空間は距離空間よりも抽象的な概念となっているのです.

今まで,「距離」という概念を使って定義されていた「開集合」が逆に主役となり, 「位相 (=開集合全体)」から他の「内部」「触点」「閉包」「近傍」「連続写像」といった概念が定義されるようになります. 現代数学では, 概念の抽象度を上げていく段階で, こういった逆転現象はよくあるようです. ある概念から導き出される性質だと思っていたものが, 実は本質をよく表すものとなっていて, 定義として採用されるという現象です. この逆転現象は, 基本的には定義が簡潔になる方向に働くようです.

結局位相って何なの?

ここまでで, 位相を諸概念の中心に据えるストーリーがあるのが伝わったかと思います. 単に位相を出発点とした, 他の幾何学的概念の定義を眺めていけば, 勉強としては問題無いでしょう.

しかし, それではつまらん! 結局この位相ってどんなもので, 何でこの概念が特別な位置を占めるのか, というモヤモヤした気持ちが残ります.

そのモヤモヤを解消するヒントは, 実はこの教科書に載っています. 自分がそれに気付いたのは, この教科書を使って友達とやっていた自主ゼミの最中のことでした. 今でもあの感動は忘れていません.

詳しい証明は後にして概略を話しましょう.

15節から17節にかけて新しい概念「閉包作用素」「開核作用素」「近傍系」「開基」「準開基」が出てきます. これらは位相から定義される概念です.

ここでも先程見た逆転現象が起きます. 例えば「閉包作用素」が満たしている性質を「閉包作用素」の定義として採用し, そこから位相を復元できます. 「復元できる」というのは,「ある閉包作用素 \(k\) があったとき, ある位相 \(\mathcal{O}\) で閉包作用素が \(k\) に一致するものが1つだけ存在する」ということです. つまり, 閉包作用素と位相は1対1に対応するのです.

これは上で並べた新しい概念全てについて言えます. ある「開核作用素」を具体的に決めたとすると, そこから自然に位相も閉包作用素も近傍系も開基も準開基も決まってしまいます.

結局, 位相と同等の概念は複数あって, どれを最初に定義しても, そこから他の概念が作れるのです. その中で位相の定義が最も簡潔であったために, 最初に定義する概念として選ばれやすかったのでしょう. (あくまで私の推測です.)

まとめと続きについて

位相は他の同等な概念より定義が簡潔なために, 特別に中心的な概念として扱われているのだろう, という話をしてきました.

ここまでは, 数式を一切使わず自然言語だけで説明してしまったので, 曖昧なところがたくさん残っています. これからは, この記事で書いた全体のストーリーを, 数学的に厳密な視点で再度辿ることにします.

では, 続きをお楽しみに.